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岐阜地方裁判所 昭和54年(ワ)155号 判決 1983年12月12日

原告 高橋大真

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 端元博保

同 那須国宏

右那須國宏訴訟復代理人弁護士 渡辺直樹

被告 糸貫町

右代表者町長 堀部穣

右訴訟代理人弁護士 廣瀬英雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告高橋大真及び同高橋允子に対し、それぞれ金二〇〇八万七五〇〇円ずつとこれらに対する昭和五三年九月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告高橋大真(以下単に「原告大真」ともいう。大正九年三月二八日生れ。)とその妻である原告高橋允子(昭和一一年一〇月三一日生れ。)の両名は、昭和三九年四月、岐阜県本巣郡糸貫町字糸貫川通り八六八番地に学校教育法一条所定の学校としての幼稚園である「私立あけぼの幼稚園」(以下、単に「あけぼの幼稚園」という。)を共同して開設し、爾来、同郡糸貫町及び大野町はもちろん、その周辺の三町に存在する入園該当年令児の相当数を入園させて、これが保育と教育に努めてきたものであって、右あけぼの幼稚園の在園児は、開設以来順調に増加し、昭和四八年度の延べ在園児数は、一七七名を数えるに至っていた。

2  他方、被告は、昭和四七年八月ころから、糸貫町に町立幼稚園を開設することを計画し、同四九年四月一日施行の糸貫町幼稚園条例に基づき、昭和五〇年四月、糸貫町見延柿元七七〇番地に糸貫町立糸貫幼稚園(以下、単に「町立幼稚園」という。)を開設した。

3  被告の協力義務違反行為

そもそも、被告は、町立幼稚園の開設を計画してこれを実現するにあたり、原告らに対して、あけぼの幼稚園が町立幼稚園と共に存続することができるように原告らに各般の協力・助成を行うべき義務、あるいは、少なくともあけぼの幼稚園の維持・存続を妨害してはならないという義務(以下、単に「協力義務」ともいう。)を負っていたのにもかかわらず、被告の町長を初めとする被告の関係諸機関は、右のような被告の原告らに対する義務という点に全く想いを致すことなく、その公権力を違法に行使して、町立幼稚園の開設を強行した。以下、前記協力義務の発生根拠と協力義務違反行為の態様等について敷衍・説明する。

(一) 協力義務の発生根拠

(1) 法令による協力義務

文部省は、各都道府県教育委員会及び各都道府県知事宛に、昭和三九年八月七日文初初第五七九号をもって、「幼稚園教育の振興について」と題する通知を発したが、文部省は、該通知において、幼稚園振興計画の円滑な推進を図るために、該通知の名宛機関に対して、①原則として、人口おおむね一万人の地域に対して、一幼稚園(標準規模四学級)を配置するようにすること、②幼稚園の新規設置にあたっては、その設置に関し、既設の公立又は私立の幼稚園の設置状況等を十分に勘案して既設の幼稚園との調整を図るよう配慮をすることなどを求めている。更にまた、臨時私立学校振興方策調査会は、昭和四二年六月三〇日付の文部大臣に対する「私立学校振興方策の改善について」と題する諮問答申において、現に全幼稚園児の七割以上を収容して幼稚園教育の普及に貢献している私立幼稚園に対する助成措置を一層拡充すべきことを求めるとともに、幼稚園の適正な配置を実現することが私立幼稚園の経営にとってきわめて重要かつ有益な意義を有することを強調して、各都道府県・市町村においても幼稚園の適正配置を図るための指導と調整に努める必要があることを指摘している。

右通知及び答申は、いずれも、幼稚園の適正配置を図るとともに、併せて私立幼稚園に対する助成措置を拡充・強化することこそが、幼稚園教育の振興に資するのに最も有効な方策であるとする発想ないしは趣旨にいでたものであって、被告は、町立幼稚園を開設するにあたり、右通知及び答申の趣旨に従い、既設幼稚園であるあけぼの幼稚園が十分に存続できるよう原告らに対して各般の協力・助成を行うべき義務を負担していたものというべきである。

(2) 契約による協力義務

原告らと被告とは、昭和四九年二月一九日、被告が、原告らに対して、あけぼの幼稚園と町立幼稚園の両者の共存を可能ならしめるために諸般の協力をすることを内容とする契約を締結し、該契約内容を「覚書」と題する書面に要約した。そして、右契約の趣旨に従い、これを具体化するものとして、原告大真と被告の教育長高橋巌(当時)との間で、昭和四九年一〇月ころ、①(ア)糸貫町には町立幼稚園の外にあけぼの幼稚園が存在することと、(イ)あけぼの幼稚園の在園児の家庭に対して被告から補助金が支給されることの二点を町立幼稚園の入園案内書に明記すること、②糸貫町は、右入園案内書の印刷に先だち、まず原告大真に対して、該入園案内書の原稿を呈示し、その承認を受けた後に、これを印刷して関係者に配布すべきこと、③町立幼稚園の園児募集説明会には、原告らを同席させ、併せて、該機会を利用して、原告らをしてあけぼの幼稚園の説明と園児の募集をなさしめること、以上①ないし③の各点についての合意が成立し、更に、同年一二月一七日には、当時の被告町長である高橋常義が、原告大真に対して、同月一八日及び一九日の両日にわたり町立保育所で開催される予定の町立幼稚園に関する説明会においては、町立幼稚園の概要を出席者らに説明するにとどめ、とくに園児の募集活動は行わない旨の約束をした。

以上の事実関係によれば、被告が、原告らに対し、あけぼの幼稚園の存続に関して、前記のごとき各合意の内容に沿うような各般の協力義務を負担するに至ったことは明らかである。

(3) 信義則による協力義務

仮に、前記(1)及び(2)の法令上及び契約上の協力義務が単なるプログラム的な義務又はいわゆる紳士契約的な義務であって、これに厳密な意味における法的拘束力が認められないとしても、以下の諸事情に照らすときは、被告が、原告らに対し、あけぼの幼稚園の運営に関して信義則上の協力義務を負担していたことは明らかである。すなわち、本件においては、右(1)、(2)の各事実に加えて、①被告は、原告らがあけぼの幼稚園を開設するにあたり、その建設用地取得に尽力するなど、その開設を積極的に支持援助したこと、②あけぼの幼稚園は、その開設以来、糸貫町在住の幼稚園就園年令該当幼児の多数を収容し、糸貫町の幼児教育の発展・普及のために顕著な貢献をしてきたこと、③町立幼稚園開設以前は、被告の開設にかかる町立保育所とあけぼの幼稚園との共存関係が円滑に続いていたことなどの経緯ないしは実績が存在し、これらの経緯ないしは実績に徴すると、あけぼの幼稚園は、被告の幼児教育にかかわる行政作用の中において、これまできわめて重要な地位を占めてきたというべきであって、上記のごときあけぼの幼稚園の従来の実績等に照らすと、被告が、原告らに対して、引き続きあけぼの幼稚園の運営等に関して、諸般の協力を尽くすべき信義則上の義務を負担するものであることは明らかである。

(二) 被告の協力義務違反行為

(1) 被告の関係諸機関が町立幼稚園の開設を決定した当時における糸貫町の人口はわずか九一二五人にすぎず、また、将来の展望としても特段の人口増加を予想させるような要因の認められない状況下にあったのに加えて、糸貫町には、すでにあけぼの幼稚園のほかに三才児ないし五才児を対象とする町立保育所が設置・運営されていたのであるから、あらたに町立幼稚園を開設しなければならないような必要性やその合理性はなかったのにもかかわらず、被告の町長を初めとする被告の関係諸機関は、前記のごとき文部省の通知の示す基準に違反して、敢えて町立幼稚園の開設を強行するという暴挙にいでた。あまつさえ、被告の関係諸機関は、町立幼稚園開設のための不可欠の手順ともいうべきあけぼの幼稚園(その経営者である原告ら)との間の協議の機会を設けなかったばかりでなく、昭和五〇年三月に至ってから、漸く、あけぼの幼稚園に対する助成措置として糸貫町に居住するあけぼの幼稚園児の各家庭に年額わずか金二〇〇〇円の補助金を支給するというような弥縫的措置を講ずることを決定したのにとどまったのである(ちなみに、あけぼの幼稚園在園児の家庭と町立幼稚園在園児の家庭との間の費用負担額を比較すると、前者が後者よりも月額金七〇〇〇円も多額であるから、このことに照らすと、前者に対する右年額金二〇〇〇円の補助金支給が、きわめて不十分な助成措置であることは、あまりにも明らかである。)。このように、被告の町長その他の関係諸機関が、あけぼの幼稚園との間の調整を怠り、これに対する十分な助成措置を講じないまま敢えて町立幼稚園の開設を強行したこと自体、すでに右(一)の(1)ないし(3)に記載した被告の原告らに対する協力義務に違反し、被告の該義務に対応する原告らの権利を違法に蹂躙したものとしての評価を免れないのであって、ひっきよう、被告の町長その他の関係諸機関は、その公権力の行使にあたって、原告らの右権利を違法に侵害したものというべきである。

(2) 被告は、原告大真との間で、あけぼの幼稚園存続に関する被告の協力義務の内容を具体化するために、右(一)の(2)のごとき合意をしたのにもかかわらず、被告の町長を初めとする関係諸機関は、該合意の存在を無視し、原告らの諒解を得ることもないまま、町立幼稚園入園案内書を印刷・作成し、昭和四九年一二月一八日と一九日の両日にわたって開催された町立幼稚園の説明会の席上これを出席者らに配布して町立幼稚園児の募集を行ったばかりでなく、更には、あけぼの幼稚園児の家庭にまでもこれを配布することによってあけぼの幼稚園児の引抜きを図ったのである。被告の町長を初めとする関係諸機関のこのような行為は、右(一)の(1)ないし(3)記載の被告の協力義務に違反し、被告の該義務に対応する原告らの権利を違法に侵害したものとしての評価を免れず、ひっきょう、被告の町長その他の関係諸機関は、その公権力の行使にあたって、原告らの右権利を違法に侵害したものというべきである。

4  行政権の濫用

仮に、被告の町長を初めとする関係諸機関による前記3の(二)のごとき各協力義務違反行為が、ただちに原告らに対する違法な公権力の行使に該当するとまではいえないとしても、そもそも、行政権の行使は、教育行政権の行使の場合をも含めて、利害関係人間の利害調整を図ったうえで、総合的・合理的に行われるべきものであるにもかかわらず、被告の町長を初めとする関係諸機関は、右3の(二)の(1)に記載したように、糸貫町においてあらたに町立幼稚園を開設しなければならないような特段の必要性がないのに、敢えて前記文部省通知の示す幼稚園の適正配置に関する基準を無視し、他方、利害関係人である原告らとの間の協議を尽くさず、あまつさえ、あけぼの幼稚園に対する十分な助成措置を講ずることもないまま、町立幼稚園の開設を強行したのである。被告の町長を初めとする関係諸機関が行ったこのような教育行政上の措置は、明らかに行政権を濫用したものであって、これが違法な行政権(公権力)の行使としての評価を免れないものであることは疑いを容れない。

5  因果関係

被告の町長を初めとする関係諸機関が、右のように、あけぼの幼稚園を存続させるための被告の協力義務の履行を怠り、しかも、その教育行政に関する行政権を濫用して町立幼稚園の開設を強行したため、町立幼稚園の開設が決定された翌年である昭和四八年度以降、あけぼの幼稚園においては、糸貫町居住の在園児(新規入園児を含む。)数が減少の一途をたどり、その結果、糸貫町居住の園児数が従来からその全在園児数の約三割を占めてきたあけぼの幼稚園の経営は遂次困難の度を加えるに至ったのである。このような状況のもとにおいて、原告らは、町立幼稚園在園児の家庭とあけぼの幼稚園在園児の家庭との間の費用負担を均一化させることによって、あけぼの幼稚園の園児数を維持ないしはこれを増加させるという新しい対応策を樹立し、敢えて年間約一五〇万円の赤字を甘受して、あけぼの幼稚園の授業料を町立幼稚園のそれと同額にまで引き下げ、その経営を継続したのであるが、原告らの期待に反して、その園児数は全く増加しなかったのである。しかも、諸般の状況に照らすと、被告による助成措置の改善というがごときことはとうていこれを望みうべきもないことが明らかとなったため、原告らは、ついに昭和五一年四月、同年度限りであけぼの幼稚園を閉園することを決意し、いずれも、岐阜県知事に対して、まず同五二年三月には休園届けを、ついで同年秋には閉園届けをそれぞれ提出し、同五三年同県知事から閉園の許可を受けて、あけぼの幼稚園を閉園するに至ったのである。

6  被告の故意

被告の町長を初めとする被告の関係諸機関は、前記のように違法に町立幼稚園の開設を強行したのに加えて、明らかに不公正かつ違法な方法によって町立幼稚園児の入園募集を行ったものであって、かれらは、かれらによるこのような違法な行為のために、あけぼの幼稚園の経営が破綻するに至ることを十分に認識しながら、敢えてこれを強行・実施したものというべく、ひっきょう、被告の町長を初めとする被告の関係諸機関(被告の公務員)は、故意をもって違法にその公権力を行使し、そのことによって、原告両名をしてあけぼの幼稚園の経営を破綻させるに至らしめたものと断ずるのほかはない。そうとすると、被告は、その公務員である町長その他の関係諸機関が前記のごとき違法な公権力の行使によって原告両名に被らしめた経済的・精神的損害を賠償すべき責任をとうてい免れ得ないものというべきである。

7  損害

(一) 逸失利益

原告らは、あけぼの幼稚園の経営により、同幼稚園の経営が順調であった昭和四八年度には、人件費、教育研究費、管理経費等の諸経費を控除して、年間金二五〇万円を下回らない収益を得ていた。しかして、もしも町立幼稚園の設立がなかったならば、あけぼの幼稚園は、昭和五三年以降、原告大真(大正九年三月二八日生れ。)がその平均余命を全うするまでの一七年間にわたって更に存続することが可能であったものというべく、しかも、その間、原告らは、あけぼの幼稚園の経営によって右年間金二五〇万円を下らない収益を挙げることができたものと推定すべきである。そこで、ホフマン式計算方式により、民法所定年五分の割合による中間利息を控除して、右一七年間において原告らが得べかりし利益を現在額に換算すると、これが金三〇一七万五〇〇〇円となることは、左記計算式によってきわめて明らかである。

2,500,000円×12.07=30,175,000円

ところで、原告両名は、夫婦として実質的には全く平等の立場であけぼの幼稚園の経営に関与し、かつこれが経営による利益を折半分配していたから、被告の公務員らが行った前記のごとき違法な公権力の行使の故に原告両名がそれぞれ喪失した逸失利益の現在額が、右の金三〇一七万五〇〇〇円の二分の一に相当する金一五〇八万七五〇〇円ずつであることもまた計算上きわめて明らかである。

(二) 慰謝料

原告らは、町立幼稚園の開設が内定された昭和四七年以降、引き続き被告の町長その他の関係機関(公務員)から前記のような違法・不当な処置・処遇を受け、ついには、一〇有余年にわたってその精力と労苦を傾注して経営してきたあけぼの幼稚園を閉園するのやむなきに至らしめられたものであって、このことによる原告らの精神的苦痛はとうてい筆舌に尽くし難く、右精神的苦痛に対する慰藉料としては、各原告ごとに、これを金五〇〇万円ずつと算定するのが相当である。

8  よって、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告らがそれぞれ被った前記損害の合計額である各金二〇〇八万七五〇〇円ずつとこれらに対する前記の違法な公権力の行使の時期よりもあとである昭和五三年九月一日以降支払いずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実中、原告両名の身分関係の点のほか、あけぼの幼稚園が、昭和三九年四月、岐阜県本巣郡糸貫町字糸貫川通り八六八番地に開設され、爾来同郡糸貫町と大野町の両町及びその周辺三町に在住する入園該当児の相当数を対象として幼児教育を行ってきた旨の点は、これを認めるが、その余の諸点はすべて知らない。

2  同2項の事実は、すべてこれを認める。

3  同3項の冒頭の主張のうち、被告には原告らの経営にかかるあけぼの幼稚園の維持・存続を妨害してはならないという一般的・抽象的義務があったことは、これを認めるが、その余の主張はすべて争う。

同3項の(一)の(1)の事実中、原告ら主張のような文部省通知と臨時私立学校振興方策調査会答申があったことは、これを認める。しかし、右通知と答申に基づいて被告があけぼの幼稚園の存続のために原告ら指摘のような協力義務を負担する旨の原告らの主張は、これを争う。

同3項の(一)の(2)の事実中、原告らと被告とが、昭和四九年二月一九日、「覚書」と題する書面に記載されているような契約を締結したとの点は、これを認めるが、その余の諸点はすべてこれを否認する。ちなみに、右「覚書」の趣旨とするところは、①原告らが、従来被告に対してした町立幼稚園開設に関する諸要求を撤回すること、②他方、被告は、糸貫町居住のあけぼの幼稚園在園児の家庭に対して、相当額の補助金を支給すること、③町立幼稚園開設後は、同幼稚園とあけぼの幼稚園は相互にその特色を生かし、それぞれその教育内容の充実を図ることにより、幼児教育の発展のために協力しあうこと、というにあったのである。

同3項の(一)の(3)の事実中、町立幼稚園の開設以前、糸貫町にはあけぼの幼稚園と被告の開設にかかる町立保育所とが存在していたとの点のみは、これを認めるが、その余の諸点はすべてこれを否認する。

同3項の(二)の(1)の事実中、被告が町立幼稚園の開設を決定した当時糸貫町の人口が九一二五人であったこと、糸貫町には、あけぼの幼稚園の外に三才児ないし五才児を対象とする町立保育所が存在したこと、被告が、昭和五〇年三月、糸貫町に居住するあけぼの幼稚園児の各家庭に対して、原告ら主張のような金額の補助金支給を決定したこと、以上の諸点は、これを認めるが、その余の事実関係はすべてこれを否認し、かつ、その主張関係を争う。

同3項の(二)の(2)の事実は、そのうち、被告があけぼの幼稚園在園児の引抜きを図ったとの点を否認し、その余の諸点はこれを認めるが、その主張を争う。ちなみに、被告は、もっぱら、就園該当年令児の保護者に対して町立幼稚園の開設の事実とその園児募集要項を公平に周知せしめるために、入園案内書を右保護者ら全員に配布したにすぎないのであって、被告の該措置が原告ら主張のごとき意図にいでたものでないことはもちろんである。

4  同4項の事実関係は、すべてこれを否認し、その主張を争う。

5  同5項の事実中、原告大真が、岐阜県知事に対して、昭和五二年三月あけぼの幼稚園の休園届けを、更に同年秋同幼稚園の閉園届けをそれぞれ提出し、同五三年同県知事から閉園許可を受けて同幼稚園を閉園した旨の点は、これを認めるが、あけぼの幼稚園の全在園児の約三割が糸貫町居住の園児であったとの点はこれを否認する。なお、その余の諸点は知らない。

あけぼの幼稚園の全在園児の中で糸貫町居住園児の占める割合は、常時、一〇ないし一五パーセントにすぎなかったのに加え、町立幼稚園は五才児のみを対象とするものであったから、このことに照らすと、町立幼稚園の開設とあけぼの幼稚園の閉園との間に相当因果関係のないことは、きわめて明らかである。

6  同6項の事実は否認する。

7  同7項の(一)の事実は知らない。同7項の(二)の主張を争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項の事実中、(一)原告両名の身分関係の点、及び(二)あけぼの幼稚園が、昭和三九年四月、岐阜県本巣郡糸貫町字糸貫川通り八六八番地に開設され、爾来、同幼稚園が同郡糸貫町と大野町の両町及びその周辺三町に在住する園児を対象として幼児教育を行ってきた旨の点は、いずれも当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》に徴すると、同幼稚園は原告両名の共同経営にかかるものであって、その在園児数は、開設当初わずかに四五名程度であったが、その後、順調に増加し、昭和四八年度(昭和四八年四月一日から同四九年三月末日)には、延べ一七七名を数えるに至っていたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、請求原因2項の事実は、すべて当事者間に争いのないところである。

二  そこで、すすんで、請求原因3項の事実関係及びその法律的主張等について検討する。

1  まず、請求原因3項の(一)の(1)の事実中、原告らの指摘しているような文部省通知と臨時私立学校振興方策調査会答申のあったことは、たしかに当事者間に争いのないところではあるが、右の通知と答申があったからといって、そのことによって直ちに、被告がその行政作用の一環として自ら町立幼稚園を開設することを禁止されるべきいわれのないことはもちろん、右の通知と答申が、町立幼稚園の開設者である被告に対して、原告らの経営するあけぼの幼稚園のために一定の具体的助成措置を講ずべき法的義務を課するものでもないことは、右の通知と答申の性質と内容に徴してきわめて明らかというべく、更に、本件の全証拠その他の関係法令を仔細に精査してみても、被告が、町立幼稚園の開設にあたって、既存のあけぼの幼稚園と新設されるべき町立幼稚園との共存を実現するための具体的方策等について原告らと協議を尽くし、かつ、該協議に基づいてあけぼの幼稚園に対して相当な助成措置を講じなければならないような法令上の義務及び町立幼稚園の園児募集にあたってあけぼの幼稚園のために特別かつ具体的な配慮を払わなければならないような法令上の義務を負担すべき根拠は、とうていこれを発見することができない。

2  つぎに、請求原因3項の(一)の(2)の事実関係の有無について検討するのに、右の事実中、まず、原告らと被告とが、昭和四九年二月一九日、「覚書」と題する書面に記載されているような契約を締結したことは被告の認めて争わないところである。そして、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、

(一)  原告らと被告が右「覚書」と題する書面に記載されているような契約を締結する以前の段階で、被告の代表者である町長又はその教育長などの教育行政担当者と原告らとの間において、数回にわたって、当時その開設計画がすすめられていた町立幼稚園と既存のあけぼの幼稚園との相互調整を主題とする協議・交渉が重ねられ、その機会に、原告大真は、両幼稚園の定員配分と町立幼稚園の開設位置に関する原告らの要望を開陳するとともに、両幼稚園児の家庭が負担すべき費用の均等化を図るべきである旨を強調したこと、これに対して、被告は、町立幼稚園の開設位置に関する原告らの要望に従い、あけぼの幼稚園から一キロメートル以上の距離のある場所に町立幼稚園を開設すべきことを約諾したこと。

(二)  右「覚書」と題する書面の記載内容の要旨は、原告らが、被告に対する従前の申入事項のうち町立幼稚園の開設位置の点を除くその余の点を撤回し、他方、被告は、原告らに対し、糸貫町に在住するあけぼの幼稚園児の家庭に相当額の補助金(金額未定)を支給することを約束する、というにあったこと。

(三)  その後、被告において昭和四九年一二月一八日と一九日の両日にわたって町立幼稚園の昭和五〇年度入園説明会を開催することを予定していたところ、該説明会の開催に先だち、原告大真から右説明会の趣旨・内容等についての照会があったこと、これに対して、被告側の担当責任者が、あけぼの幼稚園に不利益となるような説明等を該説明会においては行わないように配慮する旨の返答をしたこと。

以上の事実が優に肯認できる。《証拠判断省略》 そして、原告らがその請求原因3項の(一)の(2)において主張する諸事実関係のうち、前示の当事者間に争いのない事実と前認定の事実を除くその余の事実については、該主張事実に概ね符合する趣旨の原告大真本人の供述もないわけではないが、該供述は、これに抵触する《証拠省略》に対比して、にわかに措信し難く、他に該主張事実の存在を窺わせるに足りる証拠はない。

3  さらに、請求原因3項の(一)の(3)の点について検討してみると、原告らが具体的な事実として主張する諸点のうち、原告ら主張にかかる町立幼稚園の開設以前、糸貫町には、幼児の教育ないしは保育のための施設として、原告ら経営のあけぼの幼稚園のほかに被告の開設した町立保育所が存在していたにすぎない、という点は当事者間に争いのないところであり、右争いのない点を除くその余の諸点は、《証拠省略》を総合することによって、すべてこれを肯認するに十分であり、該認定を左右するに足りる証拠はない。しかしながら、前説示のごとき事実関係が存在するからといって、そのことの故に、当然に被告が、原告らに対して、その経営にかかるあけぼの幼稚園の運営等に関して、諸般の援助・協力を尽くすべき信義則上の義務を負担しなければならないようないわれは毫もないものというべく、また、被告において自ら町立幼稚園を開設するとしても、これが社会通念に照らして原告ら経営にかかるあけぼの幼稚園の運営等に対する不当な妨害に該当するものでないと評価される限りにおいて、被告の町立幼稚園開設行為を目して、原告らに対する信義則上の義務に違反する行為であると速断することはできない。そうとすると、原告らの請求原因3項の(一)の(3)の主張は、結局、失当として排斥を免れない。

4  以上1ないし3に説示したところによると、被告が町立幼稚園の開設に関連して、原告らに対して現実に負担した義務は、結局、前示2の(一)ないし(三)のそれに限られるものというべきである。そこで、さらに、被告の町長その他の諸機関(公務員)が、はたして被告の該義務に対応する原告らの権利を違法に侵害するような行為にいでたか否かの点について検討してみるのに、まず、前示2の(一)及び(二)の点に関しては、《証拠省略》を総合すると、(一)被告が現実に新設した町立幼稚園はあけぼの幼稚園から一キロメートル以上の距離を隔てた場所にあること、(二)被告は、昭和五〇年三月開催の町議会において、糸貫町に在住するあけぼの幼稚園児の家庭に対して、年額二〇〇〇円の補助金を支給することを決定し(このことは当事者間に争いがない。)、かつ、現実にこれを同町の昭和五〇年度以降の予算に計上するなどして実施したこと、以上の事実を優に肯認することができ、該認定を左右するに足りる証拠はない。そうとすると、被告が前示2の(一)の点についての義務を完全に履行したものであることはきわめて明らかであるのに加えて、弁論の全趣旨によって認められる被告の財政状況と社会通念とを総合斟酌すれば、被告は前示2の(二)の点についての義務をもこれを履行したものと判断するのが相当であって、該判断を不当とするような特段の資料は毫もこれを見いだし得ない。されば、被告の町長その他の諸機関(公務員)が被告の原告らに対する前示2の(一)及び(二)の各義務に対応する原告らの権利を違法に侵害したという事実のごときはとうていこれを認め得ないことが余りにも明らかである。つぎに、前示2の(三)の点に関しては、被告の公務員が該義務に違反するような言動にいでたとの趣旨に帰着する原告大真本人の供述もないわけではないが、原告大真本人の該供述は、《証拠省略》に対比して、にわかに措信できず、他に、被告の公務員が前示2の(三)の義務に違反するような言動等にいでたという事実を認めるに足りる証拠はない。以上のとおりであるから、被告の請求原因3項の主張は、結局その理由がないものというべく、失当としてとうてい排斥を免れない。

三  更に、すすんで、請求原因4項の主張について検討してみるのに、本件の全証拠によっても、原告ら指摘のごとき町立幼稚園の開設が被告(糸貫町)にとって不必要なものであったとか、又はこれが著しく不合理なものであったと断定するに足りる証拠は毫もなく、また、さきに第二項において認定説示した諸事実関係に徴すれば、被告の町長その他の機関が、町立幼稚園の開設過程又はその開設以降においてあけぼの幼稚園の経営者である原告らに対してとった前認定・判示にかかる諸般の措置を目して、これが違法・不当であったと評価するのは、もとより相当ではないものというべきである。そうであるとすれば、町立幼稚園設立にかかわる被告の町長その他の機関による行政権の行使が、その裁量権を濫用したものであるとはとうてい認め難いところであって、結局請求原因4項の主張もまたその理由がないものであるというのほかはない。

四  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点についての判断をするまでもなく、その理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条・九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部正明 裁判官 熊田士朗 綿引万里子)

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